はじめに


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2013/03/10

東武鉄道2013ダイヤ改正で消える列車たち


東武があと一週間で7年ぶりにいろいろやらかすらしいので、朝にちょっと撮りにいってきました。

今回のダイヤ改正ではいわゆる伊勢崎線複々線区間内(またの名をスカイツリーラインともいう)において、主に4つの点が変更されます。


まず、通勤車による区間急行新栃木行の廃止です。こいつは次回のダイヤ改正で通勤車両使用の列車は南栗橋系統分断となることから、朝夕の通勤車両を使用する列車の設定がすべて撤廃され、快速用6050系使用の一往復のみが残存します。早朝に撮影したので、列車の側面にあたる朝の光がまぶしいですね。


上記に関連して、南栗橋~新栃木間で走行する6両編成の各駅停車が4両に減車されます。 将来的にワンマン化し宇都宮線との直通を狙っているのでしょうが、詳細はわかりません。


続いて、10両区間急行の廃止です。北千住発着を含めて朝最混雑時間帯の区間急行の8両編成化という大減車が実行されることが決定しており、これにより本線で20年ほど見られた地上専用車10両編成の雄姿はこれからは見れなくなりそうです…


ついでに北千住で解結した4両編成を2編成まとめて回送する回送列車3本(かな?)も廃止になります。意外と気にされてないですが、今改正での減車はこの列車を廃止することに主眼を置いているのかもしれません。

 

ほかにも上の影響も含めて、おもしろ列車としておなじみだった地下直車を使用した北千住行10両区間急行・区間準急が半蔵門線直通列車へ昇格。数年の間のみながら続いた50050系の区間急行・区間準急運用、そして10コテの地上運用が廃止されます。

 

そして、快速系統も朝のの上り快速が区間快速の停車駅修正に伴い、区間快速に種別変更され廃止になります。伝統ある快速列車が上りのみながら廃止になることは残念ですが、時代の流れを考えると仕方ないのかもしれません。


また、日中の区間快速も2時間毎に間引かれ、さびしくなりそうです。ちなみにこの区間快速の写真の先頭に立つ6178Fは今は634系21Fになっています。時代を感じますね。

 

最後ですが、日中の区間準急が廃止になります…これについてはもう昔死ぬほど撮影したので今更撮影はしていませんが、3月16日からの日中ダイヤはかつての準急&各停・たまに特急という懐かしさを感じるダイヤになりそうです。

ほかにも伊勢崎線群馬近郊のワンマン区間拡大や竹ノ塚および北越谷どまりの日比谷線直通列車が日中に限り東武動物公園・南栗橋に延伸され日中に北越谷行きを見ることができなくなる話も出ていますが、そこらへんは大幅に変わるわけではないので割愛します。

思えば2006年以来、ずっとダイヤは地下鉄直通にシフトしており、どんどん地上車両はお荷物化しつつあります…
あと10年したら、どうなってしまうのでしょうか…

2013/03/09

長旅にいってきました Part3「帰京編」

昨日より続いて帰京編です。

8/24

いままでのハードなスケジュールではなく、比較的ゆるいスケジュールになったこの日。のんびり朝食を食べてホテルを後にし、まずは未乗区間であった大阪環状線の旧西成線区間に乗ろうと考え、大阪駅に向かいました。大阪駅は前行った時と異なり、大屋根ができていたり環状線ホームに番号がつくなど、いろいろ変わった部分が目立ちました。この日は丁度阪和線のダイヤが乱れていて、関空快速などの運転が一切なく、野田よりの留置線に225系が押し込まれているなど、妙な状態になっていました。


未乗区間は大阪駅から天満クリボイログ!蹂躙しろ!)・鶴橋(ガイア派)・天王寺(コタロー!)を経由し、新今宮(今宮新)までです。なので、すぐきた221系による天王寺行きに乗り、天王寺駅を目指します。 天王寺駅では向かい側のホームに止まった15分に一本しかこない環状線電車に乗り換え、新今宮に到着しました。今回乗った環状線電車は201系、関東ではもはや絶滅してしまったチョッパ制御のかっこいい奴です。以前は103系の楽園だったはずの環状線はすっかり201系に乗っ取られており、関東でオレンジの中央線の引退劇をみた自分にとしては、まだ走ってることに驚きました。


しかし、山手線より小さな大阪環状線、半周乗っただけでは全然時間がたちません。そこで、新今宮で関西本線に乗り、JR難波(旧湊町)、まで行こうということにしました。関西本線でもまた201系が登場、関東で登場することがなかったウグイス色の201系を見ていると、ものすごく新鮮な感じがしました。新今宮からはすぐにJR難波に到着、とてもきれいな地下駅で、かつて関西国際空港の玄関口であったことがよくわかる駅でした。


JR難波からは徒歩で阪神・近鉄難波駅へ移動しました。ホームに降り立つと、対向ホームには近鉄のフラグシップ特急、アーバンライナーの元祖、アーバンライナーplusの姿がありました、いままで近鉄の車両の中で一番まともに見たことがない車両だったので、間近で見れたのはよかったですね。そして、ちょうど来た区間準急に乗車し阪神なんば線経由で尼崎駅に向かいました。
 

途中の西九条(とーか)で快速急行に乗り換え、旧西大阪線区間の駅をすっとばす感覚を味わってみたりもしました。尼崎駅に到着後、タイミングよく来た直通特急に乗り換え梅田に戻りました。

 
まだ時間はあるので、京阪線の未乗区間に乗っていこうと考え、地下鉄御堂筋線(いけぇフォゴ!!!)に乗り換えて淀屋橋駅へ向かいました。それにしてもこの地下鉄、マジで初乗りが高いです。今回は一回だけなのでそれほどとは感じませんでしたが、一日に4回以上乗車するときは一日乗車券を利用しましょう。来た電車は10A系、10系のVVVF化更新車でした。これも前回大阪に来たときはいなかった電車なので、乗れてよかったです。


そして淀屋橋に到着、さっそく8000系特急の二階建てに乗り込んで京橋を目指しました…が、北浜駅で偶然8050系(旧3000系)を発見してしまいます。個人的に一度も見たことがない車両だったので、折角座っていたダブルデッカーの座席を放棄し下車、後続の特急を待ちます。

 

そして10分ほど待っていると、ついに8050系が姿を現しました。北浜はホーム端部すれすれに停車するので、ヅラを撮ることはできませんでしたが、個人的には十分でした。この京阪テイストが溢れる前面、たまりませんね。その8050系に最後に残ったテレビカーに乗って京橋へ向かいました。地デジ化後、地下区間ではテレビは映らなくなりましたが、天満橋を発車し地上に出てしばらくするとテレビが映りました。

 

京橋に到着し、テレビカーから下車しました。本当はもっと先へ乗っていてもよかったのですが、京阪特急はわりとのんびり走り、かつ京都側でのJRとの連絡が悪いので継続しての乗車は諦めました。一度しか見れませんでしたが、さようなら8050(3000)系…


大阪駅に戻り、東海道線を走破するために新快速を待ちます。ホーム対面に223系6000番台(東西線対応車)が止まっていたり、いろいろと見れる点があって楽しかったです。


そして20分ほど待つと、ようやく新快速が来ました、車両はなんと225系!いままで一度も見たことのない車両だったのでびっくりしました。そして乗車して新大阪を出ると、130km/hはだてではありません、一瞬で京都、そして終点の野洲についてしまいました。

野洲からは普通列車に乗り、米原まで出ます。そして、313系で関ケ原を超え、大垣に到着。すぐに新快速に乗り換え、わずか4時間ほどで豊橋まで到着しました。大阪から豊橋の所要時間の短さに驚きましたが、ここからが東海道線の本番である、熱海までずっと各駅停車しかない(正確には小田原までですが)と言う地獄の区間です。さすがに豊橋から熱海を浜松乗換でずっと乗りとおすのは辛いので、とりあえず浜松まで出て、一度小休止をとってから熱海まで行こうと考えました。

 

17時半頃浜松に到着。予定通り小休止をとるため下車。そしてあるジャンルが好きな人にとってはわりと有名な場所に向かいました。


そう、松菱デパート、これはKeyのキネティックノベル、[planetarian ~ちいさなほしのゆめ~]に登場した花菱デパートのモデルになった建物です。屋上にドームこそありませんが、周囲の情景も完璧にそのままで、まざまざと眺めているととplanetarianの冒頭のシーンが目に浮かび、何か感慨深いものを感じてしまいました。本当は明石にあるイエナ様の方も見に行きたかったのですが、時間がなかったので行けなかったことが惜しかったです。


planetarianの世界をしばしの間味わった後、すぐ電車に乗り東京を目指します。過酷な各駅停車の旅、静岡地区は無駄に駅が多いのでかなり時間がかかります。iOS版planetarianを読んでいたら掛川で眠くなってきたので爆睡、気が付けば東静岡でした。さすがに一度寝てしまうと眠れないので静岡から先はひたすら我慢。なじみ深い三島駅に戻ってきたときは「ああ、漸く見覚えのある場所に戻ってきた」といった状態になっていました。


そして熱海駅でE231系に乗り換え、東京までの最後の乗車を楽しみました。大船まで来ると京浜東北線が見えるようになり、長い旅の終わりを感じさせます。そして、22時42分、東京駅に到着…

久しぶりの東京、なんか懐かしい感じがしたとともに、合計5日間の旅の密度の濃さを感じました。

2013/03/08

長旅にいってきました Part2「帰投編」

てなわけで半年放置していましたが、帰投編です。

8/23


長崎を後にするので5時半に起床。相室だった会員とともに、長崎駅から列車に乗ります。
相室の会員はある程度特急を利用して素早く移動し、当日中に実家に戻るルートだったので、6時に出発するかもめ号に飛び乗っていきましたが、私はのんびり2日かけて東京へ帰ることにしたので、6時3分発の普通列車に乗りました。


こいつは前の記事の列車と同じように、長崎本線を全線通しで走る列車ですが、通勤時間帯に走るので行きの列車と異なりツーマン運転です。昔常磐線を走っていたタイプと同型の415系車両ですが、行きにのった817系と比較すると古臭く感じます。それにしても九州の電車は寒い、肥前山口駅あたりで寒すぎてマジで死にそうになりました。おかげで新鳥栖に到達したときの感動は忘れられません。


鳥栖駅からは快速電車に乗って門司駅へ移動。人が多いからかだいぶ寒さも和らぎましたが、前日の疲れもあり鳥栖から博多はほぼずっと眠っていました。一度大宰府信号場目覚めてしまい、駅も何もない場所で特急の通過待ちをするという体験を初めてしました。


門司港駅からは関門トンネルを渡って本州へ向かいます。ここでもまた415系が登場しますが、かつていた東日本の415系と比較すると外見はそれほど変わらないのに内装がかなり綺麗になっていて驚きました。

下関からはひたすら普通列車を乗り継ぎます。まずは岩国行きに乗り、終点岩国で広行に乗り継ぎ、さらに廿日市駅で岡山行きに乗り継ぎました。これでずっと岡山まで…と思っていましたが、実はこれには罠があり、途中の福山で始発のサンライナーに乗り継げたのでした。
とはいえど、サンライナーに乗っても普通列車に乗っても船坂峠を越える列車は1時間ほど待たないといけませんでした。また、1時間列車を頑張って待ち乗っていったとしても、大阪到着はほぼ終電時刻になってしまいます。その上、遅延の恐ろしさを一日目に見させられた自分としては、終電で大阪につくのは不味いと感じてしまっていましたし。その上6時間も電車、それも山側の座席乗っているとさすがにちょっと頭がおかしくなってきていて、もう早く大阪に着きたいということしか頭に浮かびませんでした。そこで、またまた新幹線ワープに手を出してしまいました…



とはいえど、あの列車本数が少ない区間を新幹線ワープできるのは、とても効率がよかったです。その上まさかの500系運用で、久々にあのカッコイイ車両を見ることができて気持ちが一気に晴れました。あの頃と変わらない車内でのぞみ時代の懐かしさを感じながら、相生で下車し、姫路行の普通列車に乗り継ぎ、そして姫路で新快速に乗り換えました。
いままでの鈍行と比べ物にならないくらい新快速は早く、一瞬で神戸についてしまいました。当初予定の3時間も前に神戸についてしまった私は、今度はのんびり行こうと考え、新快速から快速へ乗り換え、神戸の一駅先にある、元町駅に向かいました。


元町駅…そう、そこは阪神電車の神戸側の始点です。 地下の1面2線のホームに降り立つと、ちょうど直通特急が出発していきました。どうしようかと思いつつも、ジェットカーの加速を味わいたかったので、次の三ノ宮駅まで各駅停車に乗りました。流石ジェットカーというだけあって加速力はピカイチ、関東で一番加速(初動)が機敏であろう京急の800形を超える加速を感じさせてくれました。


三ノ宮に到着し、突然両側の扉が開くのに驚きつつ(その2日後に線路切り替えで両側が開くのは廃止された)、ちょうど対面のホームに止まっていた快速急行に乗り換えました。目的地は梅田なので尼崎で乗り換えが必要ですが、気にせずに乗り、阪神線の前面展望を楽しみました。日本最狭といわれた旧ホームが残る春日野道駅、石屋川の高架電留線、御影の急カーブ、始発列車を裁けるよう配線が独特な西宮駅、そして多数の線路の中をくねくねとうねりつつ進入し、京急のごとくするすると増結する尼崎駅。すべてが新鮮な景色でとても印象に残りました。


尼崎で先行の直通特急に乗り継ぎ、梅田に到達。予約していた某ホテルに泊まり、この日は終わりました。始発から終電まで鉄道車両に乗っているという経験はいままでなかったので不思議な感じがしました。

 Part3「帰京編」につづく